="og: http://ogp.me/ns# fb: http://ogp.me/ns/fb# article: http://ogp.me/ns/article#"> あの日の空の色を思い出しながら - 想い
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夜空を見上げてため息ひとつ。

地球に馴染み切れない、怖がりな宇宙人のひとりごと。

 あの日の空の色を思い出しながら

どうも、そらいろですヽ(・∀・)ノ


※今回の記事は若干ネガティブな内容を含みますので、大丈夫な方のみお読み頂ければと思います。



あの日から7年。

月日が経つのは本当に早いですね。
それでも人によっては「もう」なのか、「まだ」なのか。
それはその人達にしか分かりません。


私は宮城県の南部に住んでおり、幸い津波の被害は免れました。

それでもあの震災のショックは大きく、立ち直るのに数年を要しました。
沿岸部の方達の苦しみはいかほどであったのでしょう。
私達は、その痛みを本当には理解する事は出来ないのかも知れません。



あの地震が人工地震なのだと知ったのは、震災から1ヶ月程過ぎた頃でした。
ようやく電気が復旧しネットも繋がるようになった頃、ネットの至る所で

「東日本大震災は人工地震だった」

「この真実を多くの人に伝えるべき」

という内容の記事を目にしました。
それまでスピリチュアルな世界に生きてはいても、陰謀論的な内容には疎かった私はそれらの記事を見て怒りを覚えました。

「何を言ってるんだ?」

「人工だろうが自然だろうが、多くの人々の命が奪われた事に変わりは無い」

「全てを失い、全てにただじっと耐えている人達からすれば、それが人工だろうと自然だろうとそんな事はどちらでもいいだろう」

人工地震というのは、今では私もそれが真実なのだと理解しています。
でも、あの頃はそれらの記事に対して怒りしか沸かなかった。
天災だと思っていれば、自然の為した出来事なのだと思っていれば、諦める事も受け入れる事も、時間の経過と共に出来るようになるのかも知れません。

人工地震だと真実を知らせた所でどうなるのでしょう?
目の前の現実を受け入れる事すらままならないのに、唯一の救いすら奪い何故それ以上傷口を開いて掻き回すような事をするのかと。



原発事故の記事に関しても同じような思いでした。

「何故そこから離れないのか?」

「真実を見ようとせず、その土地から離れないのならそれは自分達も悪い」

安全な場所から色々言うのは簡単です。
それが何故出来ないのか、または選ばないのか。
少しでも痛みに寄り添う優しさ、想像力があったなら出て来ないであろう言葉ばかりでした。

震災で傷付き疲れ果てている人々の心を、悪気の無い「正論ぶった」言葉が現実の震災以上に苦しめていました。


「日本は真っ二つに別れ、海中へと沈むだろう」

同じ頃そのような情報も目にしていて、それが真実ならきっとこういう所からそれは生まれてゆくのかも知れないと漠然と感じていました。

人が人を苦しめ、傷付け追い詰めている。
その事実は、いずれエネルギー的にも物理的にも日本を分断させてしまうのではないだろうかと、このような綻びから全ては始まってゆくのではないかと静かに感じていました。

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スピリチュアル系の記事の中にも、それらは見られました。

「東北があのような事になったのも、そこに住んでいる人々のカルマのせいだ」

自称◯◯姫、◯◯神のメッセージをチャネリングしているという彼等は、先にお話した「正論ぶった」人々よりも尚更たちが悪く、「もっともらしくあやふやな言葉で」被災地を、そこに住む人々をジャッジしていました。

私も少しですが、目に見えない存在のメッセージを受け取る事が出来ます。
だからこそ、そのような発言は軽はずみにするべきではないと思っています。

本当のところはそう簡単には解らないですし、解っている人ほどそのような内容の発言はしませんし、出来ません。
本当に高次からのメッセージであるならば、人を裁いたり傷付ける言葉を選びませんし、何よりそこには深い部分からの温かみや優しさ、静かな苦しみや悲しみのエネルギーが乗っているはずです。

人間として生きている以上、そして日本という国に生きている以上、どこどこの地域にはカルマがあってどこどこの地域には無い。そんな事はありません。
他人事のように、したり顔でどうこう言える事ではないのではないかと私は思います。




人工地震。
ハープ。
気象操作。
ケムトレイル。
原発安全神話の嘘。
医療業界、食品業界の闇。

あげればきりが無いですが、これらの真実を私は皮肉な事に東日本大震災が起きた事で知り、その事について考える事が出来ました。

原発事故についても、鬱になるぐらいにまで一時は悩んで抜け出せませんでしたが、その苦しみがあったから辿り着けた答えもありました(あくまで私個人の場合です)。

あの震災で私達の魂に大きなショックが起こり、そこから変容の流れが日本全体、地球全体でも始まったように思います。

大事なのは人工なのかどうかではなく、どのような状況だとしても救いは残されていて、私達は自らが諦めてしまわない限りは絶対に大丈夫なのだと知る事です。

「辛いから見ないようにする」

のではなく、痛みを想像し寄り添う気持ちが、苦しみや悲しみを薄め癒す事になるのではないでしょうか。

私達は誰かを傷付ける事も、その逆も選んでゆけます。


天災であっても人工であっても、起きた出来事自体は同じであるなら、後は私達人間がどうしてゆくのか。
何を選び、何処を目指してゆくのか。
どのような想いで生きてゆくのか。

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色々な情報が氾濫している中で、何を信じて受け取ってゆくのか。



震災で犠牲になられた方達の魂が、光の場所へと導かれますように。
残された方々が、俯かず力強く生きて行ってくれますように。
どうか苦しい思いの全てが、いつの日か蓮の花のように美しく優しい花を咲かせますように。



肌寒かったあの日の空の青を思い出しながら。




今回もいつも以上に纏まりが無いですが…
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。







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