="og: http://ogp.me/ns# fb: http://ogp.me/ns/fb# article: http://ogp.me/ns/article#"> 催眠術をぶっ壊せ - 想い
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夜空を見上げてため息ひとつ。

地球に馴染み切れない、怖がりな宇宙人のひとりごと。

 催眠術をぶっ壊せ

どうも、そらいろですヽ(・∀・)ノ


この間、ふとあるインスピレーションがあったので、その事を自分なりに掘り下げて書いてみようと思います。


【見えない檻、それはあなた達の外にあるのではない。
あなた達の意識の中にあるのだ。いや。意識そのものだ。
過去にそれら(の仕組み)を意図的に造った存在がいたとしても、今はもうその事をどうこう言う時期ではない。
あなた達一人一人が自分でその檻を壊すのだ。それしか方法は無いのだ。】


インスピレーションの内容は、そういったものです。
前回の記事を読み返し、補足などをした方が良いのか考えている時に、上記のメッセージにも似たインスピレーションが起こったのでした。



私は現代に生きる私達のほとんどが、目に見えない檻の中でそれと気付かずに生活していると思っています。
不自然なものを自然なのだと思い込み、苦労や困難を進んで受け入れ、今ではその不自然なサイクルを自ら動かしている。

生きる事は確かに楽ではありません。
困難を経験したからこそ、生命の根をより深く、力強く張れるようになる事もあるでしょう。
平和なだけの世界では、苦しみや葛藤が無い代わりに、成長や視野を広げる事も少なくなってゆくのかも知れません。

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何より、今此処に生まれ生きている私達はこの世界の仕組みの中で生きる義務がある。

ですが、井の中の蛙でずっと生き続けるのか。
勇気を出して外へ出て、新しい(本来の)価値観の中で生きるのか。
それを選ぶ決定権は私達自身にあるという事です。

確かに、太古の昔に不自然で、私達にとって苦痛に満ちた仕組みを作り上げた存在はいるでしょう。
だからといって悪者はそれらの存在であり、自分達は被害者なのだというような意識でいてはいけないのです。

上記のような存在は、今では私達に対して本当は何の権力も持っていません。
私達が歪んだ価値観を正しいと信じているだけなんです。

「お金は苦労して手に入れるもの」

「一度始めたら、どんな事があっても簡単に投げ出してはいけない」

「お金持ちには、限られた一部の人しかなる事は出来ない」

「不治の病と宣告されたら、もう決して治る事はない」

等々…この世界には沢山の「常識めいた」価値観が溢れていますね。


本当は、全て逆なんですよ。

お金は、楽しんでやっている方が手に入りやすい。

本当に辛い時は、やめたって別にいい。

お金持ちには、なりたい人は誰でもなる事が出来る。

不治の病なんてものは、存在しない。



催眠術を知っていますか?

術を掛けられた人に「これは真っ赤に焼けた鉄の棒だ」と言って、ただの棒を腕に押し付けると、実際に水ぶくれを起こす程の火傷をしてしまう。

「これはとても甘いバナナですよ」と、食感も味も全く異なるキュウリなんかを食べさせると、本当だ、すごく甘くて美味しいバナナですねとバリバリ生のキュウリを食べたりする。

で、術を解いた後に我に返ってキュウリを吐き出したり、火傷を痛がったり。


私達の置かれている状況は、言うなれば長年集団催眠の術に掛かっているようなもの。
催眠術と違うのは、術を解くのは催眠術師のような自分以外の誰かではなく、私達一人一人が自分自身で出来るという事です。

年々、催眠術によく似た目に見えないベールは薄くなり、ところどころ破けて目を覚ましやすくなっては来ていますが…
それでも、この世界に従順な人達にはなかなかそのベールの裂け目は見えないようです。

「近い未来に、全く新しい世界が訪れるんだよ。
これまでとは180度違う、嬉しさや楽しさで満ちた世界が来るんだよ。
人々は歳を取らなくなって、あらゆる病気はなくなってゆく、ケガも時間を掛けずに治るようになってゆくんだよ。」

そのような話をしても、多くの人達はすぐには信じる事が出来ないと思います。
それだけ、今この世界は本質から離れてしまって、それが普通になってしまった。

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「この世界の仕組みの中で、このまま生きて行くのだから放っておいてくれ。」

そう思う人に向けては、私はこのブログを書いてはいません。
この世界は何かおかしくないか?少しでもこの世界に違和感を覚える人達。
戦争や虐待の存在しない、愛や優しさ、笑顔で繋がってゆきたい人達。
そんな人達に向けて書いています。

いずれ、この世界は大きく変わってゆく。
私自身のインスピレーションもそう感じていますし、同じように感じ、その内容を何らかの形で発信している方々も多くいます。

新しく変わってゆく時には、古いものはその役目を終え壊れてゆく。
その流れについていけないものは、目に見えないものにせよ物質的なものにせよ崩壊してゆく事になるでしょう。
それは私達人類も例外ではないと思います。
その時、自分自身の檻の外に出ていないとあらゆる出来事を理解する事が出来ず、混乱し、崩壊に巻き込まれていってしまうのです。

これから起こって来る事は、これまでの古い物差しでは測れないような事も出て来ます。
その時に、私は大好きな人達と一緒にそこに立っていたい。
手を取り合って、その局面を乗り越えてゆきたい。
大好きな人達と、檻の外の新しく自由な価値観の共有をしたい。
何より、大好きな人達にはその崩壊に巻き込まれて欲しくないんです。


檻の外に出る、という事は、価値観を変えてゆく事。
今までして来なかった考え方を受け入れ、理解する事。
古い固定観念にとらわれず、「そんな事はありえない」と嫌厭して来たようなものごとや考え方を受け入れられる、柔軟な思考を持つ事です。

これまで、そのような感覚は持っていてもいなくても別に大丈夫でしたよね?
むしろ、人と違う感覚を持っている事で困難を味わう事はあっても、それそのものが取り立てて重要視される事は無かったはずです。

ですが、これからは少しづつ逆になってゆく。
そして「自分自身の檻を壊す」事は、結果として「自分自身を救う」事にもなってゆくのだと思います。

だからといっていきなり反社会的になれ、とか全てを疑ってかかれと言ってる訳では決してありませんので、そこのところ誤解なさらないで下さいね 笑



全て、選ぶのは自分自身です。
これまでの世の中のまま、これからも生きてゆきたいと思うのか。

本当はどうなったなら幸せと感じるのか。
どうなっていって欲しいのか。
どう在りたいのか。

時には考えてみるのも良いかも知れませんよ♪


最後まで読んで下さり、ありがとうございました。


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